茂木健一郎著『最強英語脳を作る』が英語学習者必読の良書だったのでレビューしてみる
つい最近発売された『最強英語脳を作る』という本を読んだのでレビューしてみます。
著者は脳科学者として有名な茂木健一郎氏です。
「茂木健一郎」と「英語」。この2つの言葉を聞いて思い出したのは、TOEIC論争です。
茂木健一郎氏のTOEIC批判を批判する - Togetterまとめ
詳しく知りたい方は上のリンクにツイートがまとめられているので見てください。
超ざっくり説明すると、茂木健一郎氏がTOEIC批判をし、ツイッター上で炎上したんです。
この事件もあって、ぼくの中で茂木健一郎はそれまでの認識だった「テレビによく出てる脳科学者」から「英語学習に関して発信してる人のうちの一人」というものに変わりました。
この『最強英語脳を作る』はそんな茂木さんが、自身の英語学習に関する思想、哲学をまとめた初めての本です。
読んでみた感想ですが、予想通りの良書でした。
ぼくがよかったなと思ったのは、英語学習に関する正論、つまり合理的に考えたらこうなるよね、という内容が詰め込まれていたことです。
こう言うと「そんなの取り立てて言うほどのことでもないじゃないか」と思う人がいるかもしれませんが、英語関係の本というのは、この「正論を言う」ということがほとんどされていないのです。
理由は単純で、日本において英語学習市場というのが巨大なマーケットになっていて、そこに参入しようとする人や会社の多くは、日本における英語の在り方を真剣に考え、社会を良くしようと思っているというよりは、単純に儲かりそうだからやってみようという考えのもと参入しているからです。
だから「聞き流すだけで英語ペラペラ」のような商品が飛ぶように売れて、本質的なことは議論されないというのが今の日本における英語の現状なんです。
そんな腐りきった英語業界に一石を投じる可能性を秘めているのがこの『最強英語脳を作る』でした。
とは言いましたがまぁ実際、茂木健一郎氏もちょっとよくわからない英語教材を出したりしているんですよ笑。たとえばこんな。
「英語シャワー」というフレーズがもうどこかで聞いたことあるぞこれ!
前述したTOEIC論争で、大勢のアンチを相手に一歩も引かずに持論を展開していたのに深い感銘を受けたぼくとしてはこの教材を見たときは正直に言って「茂木さん、マジか・・・。」という感じだったんですよね。
しかし!今回のこの『最強英語脳を作る』では、最初から最後まで自身の英語教材の宣伝などは一切出てきません。
単純に茂木健一郎がいままでの数十年にわたる英語学習で積み上げてきた哲学の集大成だったんです。
「正しい英語」なんて存在しない!
この本で論じられているのは、「英単語を効率よく覚える方法」だとか、「英会話上達法」みたいな話ではなく、「英語におけるマインドセットとは?」といったような本質的な話です。
よくバイリンガルと言いますが、単に英語の単語を知っていたり、表現を知っていたり、文法を正しく使えるという問題ではなくて、いわゆるマインド・セットというか(日本語には日本語のマインド・セットがあるけれども)、英語のマインド・セットをどのくらい理解して、それを駆使できるようになるかという、深いレベルでの英語の理解というのがあります。
具体的な話で言うと、英語は「実質を大事にする」、つまり合理的に考え、実際はどうなのか?ということだけにフォーカスするというマインド・セットがあります。
ぼくは英語以外にもドイツ語や中国語、オランダ語などを勉強していますが、いちばん楽しいと思うのは、この各言語の背景にある「マインドセット」を垣間見ることができたときなんです。
結局、道具箱の中の道具が増えるということなのですよ。僕は残念ながら、フランス語はあまりよくわからなくて、ロシア語もわからない。でも、ドイツ語はある程度わかるから、ドイツ語的な発想というのは自分の道具箱の中に少し入っている。中国語ができたり、アラビア語ができたりすると、また道具箱の中に道具が入ると思いますが、そういうところが、言語習得の一番の魅力だと思います。
また、英語には「多様性を含んでいる」という特徴もあります。
英語は国際標準語であり、本当にいろいろなバックグラウンドを持った人々が話しています。
さまざまな人が話しているということは、英語と一言で言っても様々で、「これこそが正しい英語なんだ」といえるようなものは存在しないということなんです。
僕がツイッターでよく英語の文章を書いたり、動画で英語を話したりすると、揚げ足取りをしたがる人が非常に多いですね。「この表現は変だ」とか、「この発音は変だ」とか。
ところが、ネイティブと話していてそういう経験はまずしたことがありません。今年(2016年)のバンクーバーのテッドにも行って、オーディエンスとしていろんな人のトークを聞いてきました。そこでもつくづく感じたのは、英語はもはやグローバルな言語なので、「正しい英語」というのはないのだということです。
これもごくごく当たり前のことで、この考え方がグローバル・スタンダードなわけです。しかし、この考え方すら日本ではまだまだ定着していないんです。
たとえば、こんな本があります。
その英語、ネイティブはカチンときます (青春新書INTELLIGENCE)
- 作者: デイビッド・セイン,岡悦子
- 出版社/メーカー: 青春出版社
- 発売日: 2010/02/02
- メディア: 新書
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『その英語、ネイティブはカチンときます』。このタイトルを見てもうダメだなと思いました。
日本では「ネイティブの英語を真似して話さなければいけない」というような考え方があって、こういう本が売れている現状がそれを物語っています。
実際は、この英語が良いみたいなものはなくて、英語はそれ自体ものすごい多様性を持ったものなので、ノンネイティブとして、自分の英語というのを模索していけばいいんですよ。
英語のもつ多様性に気づけず、"正解"があった学生時代の英語のテストのように、英語学習に正解があると思い込むと、「こうじゃなきゃいけない」という実際はありもしない何かに縛られてしまいます。
この考え方から自由になると、間違えることを恐れなくなるので、実際英語の上達も早くなるんですよ。「正解」などないので、「間違い」という概念がなくなるというのが正しいかもしれませんね。
「人前で間違えることを恥じる」という、非常に根深い文化的原因に起因していると思うのです。これは言語習得だけではありません。実にありとあらゆる場面で、人前で恥をかくのを非常に怖がる文化がこの国には存在します。それが必然的に外国語習得の邪魔にもなってしまっていると思います。
基本はやっぱり「多読多聴」
さて、英語学習に関する本質的なことがまとめられている良書だと紹介してきましたが、実際にどうやって英語を学習していくのがいいのか、ということについてもこの本では書かれています。
面白いなと思ったのは、人工知能の学習過程を引き合いにだして外国語学習について論じていたところです。
人工知能がコンピューターと違うところは、それ自身が学習するところです。
たとえばついこの前話題になったアルファ碁は、自分自身との対局をひたすら重ねていくことで膨大な量のデータを蓄積していき、成長しているのだそうです。
これを英語学習に当てはめると、ポリシー・ネットワークに相当するところは、結局、ひたすら良い英語を読む、聞くということにあたります。アルファ碁は何百万局もそれを読み込むことでパターンを覚えました。
とにかくひたすら聞く。ひたすら良い英文を読む。それを繰り返して、英語のパターンを覚えていく。これに当たります。これは必須ですが、必ずしもみんながやっているわけではありません。
いわゆる「多読多聴」をすすめていますが、ぼくもこれには完全に同意です。
よく「英語が読めない」とか「リスニングができません」と言っている英語学習者を見ますが、結局のところ、そもそも英語を読んでいない、聞いていないので当たり前なんですよね。
"良い"英文を読むというのもポイントです。
ツイートまとめを見るとわかりますが、茂木さんがTOEICをディスってたのもここに大きな理由があるんです。
TOEICに出てくる英文は仕事のメールや、会社が出している広告ですよね。
こんなのを読むよりは、優れた書き手の書いた良い英文を読んだ方がためになるし、何より楽しいだろう、ということです。
ちなみにぼく自身の立場としては、TOEICは好きだし、実際それによって英語力が上がった人が多くいるので、役に立っていると思います。
ただし、それが究極の目的になってしまうのはちょっと違うかな、とは思います。
にしても、大量に読んで聴くという、これもやはり正論。正論なんですが、日本の英語市場が大きすぎるだけにいろいろなことをいう人が多すぎて、みんな見落としがちなんです。
日本人が英語ができないのは至極当然です。つまり、大量の英文を読んで、大量の英語を聞いて、大量に話して、書いて、それのどこが悪かったかを修正して、会話であれば通じたか、通じなかったとか、ウケたか、ウケなかったかとか、そういうことがフィードバックされ、それによって自分の言うことが少しずつ変わってくる。日本人場合、単純にその経験がないから、英語ができないというだけの話で、僕に言わせると、日本人は英語ができないということを、何か神秘化してしてしまっています。
この本の内容が未来のスタンダードになる!
ここで紹介したのはほんの一部で、そのほかにも英語学習のヒントになるようなことがまとめられていた1冊でした。
今回、本屋でこの本を見つけて勢いで買って、勢いで読んで勢いでレビューしましたが、普段自分が語学学習を通じて考えていたことをうまくまとめて言語化されたような感覚になってすごくエキサイトしてしまったんですよね。
さっきも書きましたが、この本はいま巷で話題になるような
- 聞くだけでペラペラ!
- 英語を勉強すると年収~万円アップ!
といったようなことは一切含まれておらず、本質的なことだけが書かれているんです。
ただ、今の英語教育業界の現状や、多くの英語学習者のマインドセットをみる限り、この本に書かれている内容が日本でもスタンダードになるにはあと5年はかかるのではないかと思いました。
ぼくのように深く共感する人もいるとは思いますが、やはり
「英語脳の作り方とかいうから手っ取り早く英語ができるようになる方法が書いてあると思ったんだけれど買って損したわ」
というような、お前英語向いてないからやめたほうがいいよ、と言いたくなるような残念な感想をもつ人も多いのではと思ってしまいましたね。
そういう意味ではこの本は5年後をいってる本です。この本がより多くの人に読まれ、一人でも多くの人の意識が変わり、それによって日本における英語事情が少しでも早く変わっていくことを願っています。
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『本物の英語力』(鳥飼玖美子)は真っ当な英語勉強法を示してくれる良書である